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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10777号 判決 1977年3月10日

原告 沼沢繁作

被告 石川島播磨重工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  原告が被告に対して雇用契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し金九七二万九二一五円及び昭和五一年三月一六日から毎月二五日限り月一六万一四八二円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2につき仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨

第二主張

一  原告(請求の原因)

1  (本件雇用契約)原告は、昭和三七年三月二二日被告に従業員として雇用された。

2  (原告の欠勤と休職処分)

(一) 原告は、昭和四五年一月一四日被告の事業所において勤務中、原告が昭和四四年一一月に行われた佐藤首相訪米阻止デモに参加し公務執行妨害罪及び兇器準備集合罪に該る行為をした嫌疑をもつて逮捕され、右逮捕に引つづき同年七月六日保釈によつて出所するまでの間勾留され(なお、この間同年二月四日右犯罪の嫌疑をもつて東京地方裁判所に起訴された。)、その間欠勤(以下「本件欠勤」という。)を余儀なくされた。

(二) 原告は、右勾留直後の昭和四五年一月一八日付をもつて被告に休暇届を提出したが、右届書中に「不当逮捕、不当勾留」の記載があることを理由に被告から返送されるにいたつたため、同年二月六日あらためて「原告には就労意思があるが、逮捕、勾留により出勤できない。勾留が解け次第直ちに出勤する。」旨記載した休暇届を被告に郵送し、右届は、そのころ被告に到達した。

(三) 被告は、本件欠勤につき昭和四五年三月三日までの四〇日間については、原告が保有していた有給休暇を振替えて休暇扱としたが、

(1) 昭和四五年三月四日から同年四月三日までの一か月間を「事故欠勤」として扱い、

(2) 翌四月四日には「従業員が次の各号の一に該当するときは休職させることがある。(1)会社の都合により会社外の職務に従事するとき。(2)会社が認めて公共団体その他の公職に就任してその必要があるとき。(3)組合業務専従者となつたとき。(4)事故欠勤が引続き三〇日以上に及ぶとき。(5)その他前各号に準ずるとき。」と定める就業規則七七条一項(就業規則八〇条に基づく被告の休職規程二条及び原告が所属する全日本造船機械労働組合石川島分会<以下「全造船石川島分会」という。>と被告間で締結された協定中の「休職に関する事項」<以下「休職協定」という。>一条にも同文の規定がある。)の四号の規定を適用して原告を休職(以下「事故欠勤休職」という。)に付し、

(3) さらに昭和四五年五月四日には、原告が「事故欠勤休職」の休職期間を「一ケ月」と定める被告の休職規程三条一項三号(休職協定二条一項三号も同文の規定)及び被告の従業員につき「休職期間が満了のとき」は、その従業員は「退職するものとする。」旨定める就業規則八〇条一項二号並びにその従業員は「従業員としての資格を失う。」旨定める就業規則八四条三号の各規定に該当し、同日をもつて被告の従業員たる資格を喪失したとして、同月七日付書面をもつて、その旨を原告に通知した。

(4) そして、被告は、それ以後原告をその従業員として認めず、原告が保釈出所後の昭和四五年七月九日被告に対してした就労の申出を拒絶し、その後現在にいたるまで引つづき原告が本件雇用契約に基づき提供している労務の受領を拒否している。

3  (本件「事故欠勤休職」処分の無効理由)本件「事故欠勤休職」処分は、以下に述べる理由によつて無効である。

(一) 就業規則、休職協定等違反

(1) 本件欠勤につき、就業規則七七条一項四号の規定を適用することは許されない。

(イ) 一般に犯罪の嫌疑によつて逮捕勾留され、さらに起訴されたとしても、そのこと自体によつて犯罪事実が客観的に明白になつたとはいえないことはもとより、その事件についての有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるのであるから、逮捕勾留を理由とする欠勤をもつて、直ちにそれが本人の責に帰すべき欠勤とすることはできないし、仮に逮捕勾留が本人の行為に起因する場合であつても、逮捕勾留による欠勤は、就労意思の存在にかかわらず、公権力の行使によつて強制的に不就労を余儀なくされた場合であつて、他の自己の責に帰すべき事由による欠勤とは区別されなければならない。従つて、有罪判決の確定前においては、逮捕勾留によつて欠勤したこと自体を理由に、その従業員に不利益を課することは許されないのであつて、その場合は、むしろ裁判に対する協力という公民的義務の履行のためのやむを得ない欠勤に準じて考えられなければならないものである。この点につき、欠勤の無事故扱に関する就業規則四二条は、同二九条の規定を欠勤の場合にも適用する旨定め、同二九条は「次の各号の事由のため、やむをえず、遅刻、早退または外出するときは事故扱いにしない。(1)及び(2)(略)、(3)証人、鑑定人、参考人もしくは陪審員として裁判所に出頭するとき、またはこれに準ずるとき。(4)ないし(7)(略)、(8)その他前各号に準じ必要と認めたとき。」と定めているのであつて、原告の本件欠勤は、右二九条三号後段の「またはこれに準ずるとき」に該当するものとして無事故扱がなされるべきものであり、仮にそうでないとしても、右述の本件欠勤の理由、性格からすれば同条八号の規定には該当するものとして扱われるべきものだつたのであつて、本件「事故欠勤休職」処分は、右就業規則の解釈、適用を誤つたものである。

(ロ) 仮に本件欠勤が、無事故欠勤ではなく、就業規則所定の休職事由に該当するとしても、それは就業規則七七条一項五号所定の「その他前各号に準ずるとき」(休職規程二条六号、休職協定一条六号に同文の規定がある。)であり、その休職期間も休職規程三条六号所定の「必要な期間」(休職協定二条六号に同文の規定がある。)即ち、原告について見れば前記のように原告が保釈によつて就労できるまでの期間とされるべきものであつて、原告を前記のように昭和四五年四月四日付をもつて「事故欠勤休職」に付することは許されなかつたのである。即ち、元来休職制度は、労働者につき雇用契約上の労務の提供をなし得ない事情が生じた場合、右契約関係を維持したまま右障害事由の存続期間に限り労務の提供を免除し、該障害事由の消滅をまつて復職させる制度であつて、被告の休職規程三条(休職協定二条は同文の規定)も「事故欠勤休職」(一項三号)及び業務外の傷病を理由とする休職(一項四号)をのぞき右休職制度本来の趣旨に即応した規定を設けているし、右業務外傷病の場合については六年の休職を認め(休職規程三条一項四号)、さらに、その後一年間に復職可能な場合には、その間休職期間を延長することがある旨定め(同三条二項)休職制度の趣旨に沿うよう配慮している。以上に反し、「事故欠勤休職」の場合は、前記のように休職期間は一か月であり、その期間満了の効果は解雇と同一であることからみれば、右休職期間は従業員に対する解雇猶予期間であり「事故欠勤休職」処分が解雇猶予処分として機能していることは否めないのであつて、叙上の他の休職事由とは異り、休職制度本来の趣旨からかなりかけ離れたものといわざるを得ない。そして右の「事故欠勤休職」処分の果している機能に着目すれば、その運用は通常解雇の場合に準じて行なわれなければならないのが当然であつて、その従業員につき「事故欠勤休職」処分に付する時点において通常解雇を相当とする事由が存在しない限り「事故欠勤休職」処分をすることはできないものといわざるを得ない。そう解釈しなければ、労基法その他による解雇の制約を免れるために「事故欠勤休職」制度が利用されるおそれが生ずるのみならず、すでに就業規則七五条二二号は「刑罰法規に違反し有罪の確定判決を受けたときを従業員に対する懲戒事由として定めているのであつて、右規定は、従業員が刑事事件によつて有罪判決を受けた場合においても、その確定前においては懲戒権を発動しない趣旨を明示し、本件のように刑事事件の付随処分としての逮捕勾留のみを切離し、これによる欠勤を理由として、その従業員を「事故欠勤休職」に付することを許さない趣旨を明らかにしたものというべきであつて、右のように解釈しなければ、二か月以上にわたつて逮捕勾留された従業員は、右就業規則七五条二二号の規定にかかわらず、有罪判決確定前にすべて従業員たる資格を喪失させられることになり、右規定の存在自体が無意味たらざるを得ないからである。

(ハ) そこで、被告の定める通常解雇事由について見るに、就業規則七八条一項は「(1)精神または身体の障害により業務に堪えられないと認めたとき。(2)能率が著しく不良なとき。(3)業務上の都合によるとき。(4)その他前各号に準ずるとき。」を解雇事由と定めているのであるが、欠勤がこの規定の趣旨により解雇事由になるとすれば、それは従業員の自己都合による長期欠勤であつて再就労の見込が全くない場合に限られるというべきであり、この点からみれば原告の本件欠勤は、すでに述べたように他の一般の自己都合による欠勤とは異るのみならず、右刑事事件の性質上権利保釈も可能であつて就労についての見通しがつかない場合とは全く異るのである。のみならず、右刑事事件の内容は、いわゆる企業外の行為でしかも企業とは全く無関係な行為に起因するものであつて、これによつて被告の職場秩序に悪影響を及ぼしたこともなく、また被告の信用の失墜も招いていないし、さらに原告の本件逮捕前における平素の勤務状態は良好であつて、原告が復職するについては技術上はもとより被告の職場秩序の確保上も何らの障害がなく、以上いずれの観点からするも、原告が「事故欠勤休職」処分に付された時点において、原告には通常解雇を相当とする事由は存在しなかつたのである。以上のとおりであつて、本件「事故欠勤休職」処分は、この点においても就業規則の解釈、適用を誤つたものといわざるを得ない。

(2) そうでないとしても、本件「事故欠勤休職」処分は、その手続において休職規程五条三号(休職協定四条三号に同文の規定がある。)の規定に違反したものであつて無効である。即ち、休職規程五条三号は、休職手続につき「事故欠勤休職」については「その都度定める。」旨規定するのであるが、その趣旨は、「事故欠勤休職」がその他の休職と異り種々の態様を含むことが予想されることにかんがみ、「事故欠勤休職」処分にするについては、個々の具体的な事例に即し、最も適当した手続によるべきことを定めたのであつて、被告に対し任意の手続により「事故欠勤休職」処分をなし得る権限を付与したものではないと解すべきである。そして、上来縷述した原告の本件欠勤の理由、態様、欠勤中の態度並びに「事故欠勤休職」における休職期間満了の効果からすれば、被告としては、すべからく原告所属の労働組合と協議し、原告からも事情聴取したうえ、原告を「事故欠勤休職」処分に付すべきか否かを決定するべきであつたというべきところ、被告は、これらの手続を全く履践せずに原告を「事故欠勤休職」処分に付し、前記2、(三)の(3)のとおり、昭和四五年五月七日付書面により、はじめて原告に対し、原告を「事故欠勤休職」処分に付した旨及びその休職期間満了により原告が被告の従業員たるの資格を喪失した旨を通知したのであつて、右は重大な手続違反として本件「事故欠勤休職」処分を無効たらしめるものというほかない。

(二) 憲法、労基法及び労組法違反

原告に対する本件「事故欠勤休職」処分は、憲法一九条、二一条、労基法三条及び労組法七条一号の各規定に違反して無効である。即ち、原告は、被告に雇用された三か月後に被告の従業員によつて組織されている全造船石川島分会に加盟し、昭和四一年五月ころには、同分会において二五歳以下の男子組合員の全部によつて構成されていたところの青年協議会の職場青年委員に、昭和四二年一〇月ころには右協議会全体の決議機関の構成員である幹事にそれぞれ選出されたほか、昭和四二年九月ころには全造船石川島分会の職場委員に、ついで昭和四三年九月ころには右分会全体の決議機関の構成員である職場組織の代議員にそれぞれ選出されたもので、以来組合員の先頭に立つて熱心な組合活動を続けてきたものであるが、被告は、もともと全造船石川島分会を嫌悪敵視し、その破壊工作に腐心していたものであつて(なお、全造船石川島分会に所属した被告の従業員は、その後昭和四五年一一月一三日被告によつて全造船から一括脱退させられた。)、右のように活発な組合活動を行つてきた原告に対しても、前記代議員選挙において落選させようと工作したり、職制を使つて心理的圧迫を加えたりしていたが、原告がたまたま本件の逮捕勾留によつて欠勤を余儀なくされるにいたつたため、これを名目に、原告を右組合活動の故に企業外に追放すべく企図し、さらに原告が反戦平和思想の持主であり、右思想の表現として前記の佐藤首相訪米阻止デモに参加したことを知り、そのことの故に原告を企業外に追放すべく、原告を本件「事故欠勤休職」に付したものであつて、右処分は、前記憲法その他の法律の規定に違反して無効である。

(三) 裁量権の濫用

以上の主張が容れられないとしても、原告に対してなされた本件「事故欠勤休職」処分は、裁量権の範囲を著しく逸脱するものであつて権利の濫用として無効である。即ち、就業規則七七条一項が「休職させることがある。」旨規定していることは前記のとおりであつて、事故欠勤者のすべてを「事故欠勤休職」に付さなければならないものではなく、その従業員を「事故欠勤休職」に付すべきか否かは被告の裁量に委ねられているものというべきであるが、その休職期間満了の効果が前記のように解雇と同一である以上右裁量権の行使、殊にその欠勤の理由が刑事事件による逮捕勾留にある場合においては、その行使は(イ)その従業員の就労意思の有無、(ロ)保釈等による復職可能性の有無、(ハ)逮捕勾留の理由となつた刑事事件の態様、性質、(ニ)職場秩序に対する影響の有無、(ホ)過去における「事故欠勤休職」制度の適用例を検討し、慎重に配慮されなければならないというべきであるが、原告について右(イ)ないし(ニ)に関する問題がなかつたことは、すでに述べたとおりであるし、(ホ)についても、右制度の適用例は一一例あつたが、被告の勤労部長の調査によれば、その内訳は、(い)会社の夏季休日や年末年始の休日に郷里に帰省したまま帰社しなかつた者、(ろ)冬山登山で行方不明となり三〇日以上を経過するも消息が判明しなかつた者、(は)原因不明の欠勤をつづけた者であつて、右各例に共通することは、欠勤届もなされず、その従業員に就労意思がないことが明らかであるか又は就労意思の存在が不明で再度の就労が期待できない場合であつて、いずれも就業規則上懲戒解雇又は通常解雇を相当とするものであり、この点においてすでに原告とは全く異るものだつたのである。さらに、被告における本件欠勤の取扱に関する唯一の先例として、被告(当時石川島重工業株式会社<以下「旧石川島重工」という。>)が昭和三五年一二月に株式会社播磨造船所(以下「播磨造船」という。)を吸収合併する以前の昭和二七年五月に発生したいわゆる「メーデー事件」によつて旧石川島重工の従業員渡辺金司が逮捕され、翌年三月までの約一一か月間勾留された事例があり、その当時「事故欠勤休職」制度はなかつたにせよ旧石川島重工の就業規則上通常解雇(八九条四号)又は休職(八八条五号)の処分が可能だつたにかかわらず、同人に対しては何らの処分がなされなかつたのであり、これらの事例と原告の場合を対比すると、著しく均衡を失し、原告に対して不当に重い処分がなされたというほかなく、他に原告を「事故欠勤休職」処分に付さなければならない合理的理由は存在しなかつたのであるから、本件「事故欠勤休職」処分は、前記のとおり被告がその裁量権を濫用したものとして無効とするほかないものである。

4  (原告の雇用契約上の地位と賃金請求権)

以上のとおりであつて、原告は被告に対し依然として本件雇用契約上の権利を有するものであり、かつ、前記のとおり昭和四五年七月九日以降も労務の提供を継続しているのであるから、同日以降の賃金の支払を請求し得る権利があるところ、原告に対する賃金は、本給に加給を加算した基準賃金及び時間外給よりなり、前月一六日から当月一五日までの分をその月の二五日に支払うことに約定されていたものであり、原告の昭和四五年三月一五日までの基準賃金は三万九一二三円、昭和四四年七月一六日から原告が欠勤するにいたつた昭和四五年一月一五日までの六か月間の原告の残業時間の平均は月二一・八時間であつたから、これに基づき、かつその後における昇給、賃金改訂、夏季及び年末一時金の支給率等を考慮して、原告の賃金、夏季及び年末一時金の額を計算すれば別表記載のとおりである。

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告(請求の原因に対する認否並びに反論)

1  請求の原因1項は認める。

2  請求の原因2項については、原告がその主張のように東京地方裁判所に起訴されたことは知らない。その余の事実は認める。

3  請求の原因3項(一)の(1)について

(1) 就業規則、休職規程及び休職協定に原告主張の各規定があることは認めるが、その余は争う。

(2) 原告は、本件欠勤につき就業規則七七条一項四号の規定を適用したことを非難し、その根拠として、

(イ) 本件欠勤を無事故欠勤扱とすべきであつた旨主張するのであるが、被告の場合、欠勤を無届欠勤と届出欠勤とに区別し、届出欠勤のうち傷病欠勤以外の業務外の理由に基づく欠勤をすべて事故欠勤としているのであつて、右以外の欠勤の扱は就業規則上も慣行上も存在しない。原告は、本件欠勤につき就業規則二九条三号後段又は同条八号の規定の適用を主張するけれども、同条の規定は、その規定の文言自体によつて明らかなとおり同条一号(業務上の傷病)の場合をのぞけば、大むね一日を要せずして完了する程度の用務ないし長くとも数日をもつて処理可能な用務に関する規定であつて、本件のごとく、欠勤の期間が部外者として予測できないか又は欠勤が相当長期にわたることが通常予想される性質のものについても被告がその期間における従業員の労務不提供を受忍する趣旨の規定ではないし、本件欠勤のごとく、もともと原因において自由な行為によつて発生せしめられた従業員の不就労を公民としての義務履行の一態様として被告の不利益において受忍すべきことを規定したものでもない。また、同条八号の規定は、同条一号ないし七号の規定によつて明らかなように、不可抗力ないし本人の責に帰すことのできない事由による欠勤又は被告があらかじめ承認した特別の欠勤に準ずる場合であつて、しかもその欠勤を本人に帰責することを相当としない場合を規定したものであつて、本件欠勤のように本人の責任領域に起因した不就労までを含むものではない。

(ロ) また、原告は「事故欠勤休職」における休職期間満了の効果が解雇と同一であるとして、その従業員につき就業規則所定の通常解雇事由が存在しない限り「事故欠勤休職」処分に付することができない旨主張するが、右は就業規則にも存在しない独自の要件を恣意的に追加しようとするものであつて、すでにこの点において不当であるのみならず、休職制度は、私企業においても一般かつ広汎に採用されているものであるが、その要件、効果の設定、その解釈、適用は各企業によって区々であり、慣行に委ねられているのが実態であつて、原告のように固定的観念を前提としてこれを一律に解釈しようとすること自体がすでに相当ではないし、「事故欠勤休職」処分が原告主張のように解雇猶予処分として機能することがあり得ることは否定し得ないにしても、それは結果論であつて、これをもつて「事故欠勤休職」処分時に解雇事由を必要とする根拠とすることができないし、右のように解雇事由の存在を必要とする所説は、休職期間中における休職事由の消滅による復職を前提として創設された休職制度の性格に反するばかりでなく、解雇事由が存在すれば被告はそれを理由に、直ちにその従業員を解雇すれば足りるのであつて、そのような従業員に対しても右のごとき休職制度による優遇措置を採らなければならない合理的な根拠はない。「事故欠勤休職」制度は、第一次的には労働力の適正配置を目的とし長期欠勤という不安定な労働力を暫定的に排除し、円滑な労働力の配置を確保しようとする趣旨に基づき設定されたものであつて解雇を予定した制度ではなく、所定の休職期間の経過をまつてもなお就労の期待できない従業員については、第二次的に組織的労働力の配置運営を前提として従業員から不断の労務の提供が受けられることを意図して締結された雇用契約の本旨に沿わないものとして雇止にすることもやむを得ないとしているものであつて、劣悪な労働力を終局的に排除することを直接の目的とする解雇制度とはその本質を異にするものである。また原告は、就業規則七五条二二号の規定を引用して本件「事故欠勤休職」処分の不当を云々するが、犯罪の嫌疑を受けた従業員の行為が同条所定の他の懲戒事由に該当する限り、右就業規則七五条二二号の規定の存在にかかわらず、有罪判決の確定前に懲戒権を発動することは、何ら妨げられるものではない。

4  請求の原因3項(一)の(2)について

(1) 休職規程五条三号(休職協定四条三号)に原告主張の規定があること、被告が本件「事故欠勤休職」処分をするに当たり、事前に原告所属の労働組合と協議し、原告から事情の聴取をしなかつたこと及び昭和四五年五月七日付書面をもつて、原告に対してはじめてその主張のとおりの通知をしたことは認め、その余は争う。

(2) 右休職規程等の規定の「その都度定める。」旨の文言が、原告主張のように所属労働組合及び当該従業員からの事情聴取をその手続要件として規定したものでないことは、右規定自体によつて明らかであるのみならず、被告が「事故欠勤休職」制度を採用するにいたつた経緯は後記6の(2)のとおりであつて、右制度運用の手続についても、労使間においてすべてを被告に一任する旨の諒解が成立していたものであり、被告はこの諒解並びに右制度の運用に関する慣行に従つて本件を処理したにすぎないのである。

5  請求の原因3項(二)について

原告が被告に雇用された三か月後に被告の従業員によつて組織されていた全造船石川島分会の組合員となつたこと、右分会においては二五歳以下の男子組合員の全部によつて青年協議会が構成されていたこと、原告が昭和四二年一〇月ころ、右協議会全体の決議機関の構成員である幹事に選出されたこと及び昭和四三年九月ころ、その主張のとおり同分会の代議員に選出されたこと、全造船石川島分会に所属していた被告の従業員が昭和四五年一一月一三日全造船から一括脱退したこと、以上の事実は認め、その余は争う。

6  請求の原因3項(三)について

(1) 就業規則七七条一項に原告主張のとおりの規定があること、被告の過去における「事故欠勤休職」制度の適用事例につき被告の勤労部長が原告主張のとおり分類したこと、昭和三五年一二月に旧石川島重工が播磨造船を吸収合併して現在の被告となつたこと及び昭和二七年五月に旧石川島重工の従業員であつた渡辺金司が刑事事件によつて逮捕勾留されたが、保釈出所後においても引つづき被告の従業員として勤務したこと並びに旧石川島重工の就業規則には「事故欠勤休職」に関する規定がなかつたこと、以上の事実は認めるがその余は争う。

(2) 就業規則七七条一項が「休職させることがある。」旨規定する趣旨は、前記同条一項一号ないし三号所定の場合のごとく、休職事由の性質に応じ休職に付することの是非ないし必要性について対社会的配慮並びに諸般の事情の考慮を要する場合のあり得ることを想定し、これについての対応措置をとり得る余地を残すことを念頭においたものであつて、「事故欠勤休職」を定める同条一項四号の場合のように休職事由がもつぱら従業員側の責に帰すべき事情に起因し、かつその存在が客観的にも明白である場合についても、原告主張のように裁量の余地があることを予定したものではない。

被告が現に採用している「事故欠勤休職」制度は、もともとは、播磨造船の就業規則に存在した制度を、前記のように同会社を吸収合併した際、労使間において反覆協議の末合理的な制度としてこれを継承し現在に及んでいるものであるが、右制度については、被告はこれを継承して以来、従業員につき所定期間にわたる事故欠勤という客観的事実が存在する限り当然かつ機械的にこれを適用するという運用方針を貫いているのであつて、従業員が事故欠勤をするにいたつた理由及びその就労意思の存在は、右制度の運用には直接関係がない。原告は、この点につき原告の就労意思と保釈出所の可能性を云々するが、被告としては原告に事故欠勤があつた以上右述の理由によつて原告を「事故欠勤休職」にせざるを得なかつたのであるし、被告にとつては原告の保釈の可能性は全く不明で近い将来における就労の見通しは全く立たなかつたものであり、また原告が主張するように保釈の可能性まで究明しなければならないとすれば、他の事由による事故欠勤の場合においても、その欠勤理由の消滅の可能性を調査究明せざるを得なくなり、それでは一定期間の不就労により画一的に当該従業員を労働力の配置計画から排除しようとする「事故欠勤休職」制度を制度として運用することが不可能となるのみならず、その存在理由自体が没却されるし、また刑事事件によつて身柄を拘束されたことを理由とする事故欠勤のみを他の事由による事故欠勤と区別し、この場合に限りこれを特別扱にしなければならない実質的理由は何ひとつない。なお、原告は渡辺金司の例をあげて被告を非難するが、右はすでに一九年以前のことに属するのみならず、旧石川島重工時代には「事故欠勤休職」制度自体がなかつたのであるから、右をもつて原告の場合についての先例とすることはできない。

7  請求の原因4項について

原告に対する賃金が原告主張の基準賃金及び時間外給よりなり、前月一六日から当月一五日までの分をその月の二五日に支給していたこと、原告の昭和四五年三月一五日までの基準賃金が三万九一二三円であつたこと、その後昇給、賃金改訂が行われ、原告の昭和四五年八月以降における基本給が二万九二〇〇円となつたこと、被告がその従業員に対し夏季及年末一時金を支給していること、以上の事実は認め、その余は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求の原因1項及び同2項の事実中、原告がその主張のように刑事事件によつて東京地方裁判所に起訴されたことをのぞくその余の事実は当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は右勾留中の昭和四五年二月四日にその主張の犯罪の嫌疑をもつて東京地方裁判所に起訴され、昭和四九年九月三〇日同裁判所において懲役一年六月、執行猶予三年の有罪判決の言渡を受け、現に上訴中であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  請求の原因3項(一)の(1)の主張について

1  原告は、本件欠勤については就業規則七七条一項四号の規定を適用すべきでないとして、まず「無事故扱」とされるべきだつた旨主張するので、この点について見るに、就業規則四二条、同二九条三号及び八号に原告主張のとおりの規定が存在することは当事者間に争いがなく、その成立に争いがない甲第一号証(乙第六号証と同じ。)によれば、就業規則二九条の規定(但し、三号及び八号をのぞく。)は、次のとおりであることが認められる。

(1)  業務上負傷しまたは疾病にかかり療養を要するとき。

(2)  選挙権その他公民としての権利を行使し、または会社が認めて公共団体その他の公職に就いた者が、あらかじめ許可を受けてその公共団体等の職務に従うとき。

(4)  伝染病予防のため就業を禁止されまたは交通をしや断されたとき、ただし本人が罹病した場合は除く。

(5)  交通事故またはこれに準ずるとき。

(6)  天災事変その他これに類する災害の為、特に必要と認めたとき。

(7)  会社が認めて、体育会または文化会から出場するとき。

そして、右各規定によれば、就業規則二九条三号の規定が、当該事件につき、第三者的立場において裁判所に出頭すべき国法上の義務を課された場合又はこれに準ずる場合に関する規定であつて、当該事件の当事者として裁判所に出頭すべき義務を課された場合をも含むものと見ることができないし、また、同条のうち右三号及び八号の規定をのぞくその余の規定が、被告の主張するとおり公民権の行使、不可抗力ないし本人の責に帰すべからざる事由若くは本人の責に帰するのが相当ではない事由又は被告の承認、許可を受けた不就労に関する規定であり、同条八号の規定は、右の各場合に準ずる場合で、しかも被告においてその不就労を無事故扱にすること相当と認めた場合に関する規定であることが、右規定の文理自体によつて明らかであつて、原告の本件欠勤のごとく自己の責に帰すべき長期間の不就労(本件欠勤を原告の責に帰すべき不就労と見るべきことは、後記のとおりである。)をも無事故扱にする趣旨を規定したものと解することはできない。そして、昭和三五年一二月に旧石川島重工が播磨造船を吸収合併して現在の被告となつたことは当事者間に争いがなく、この事実と前記甲第一号証、いずれも証人大堀照司の証言によつてその成立を認める乙第一号証、同第四号証、同第九号証の各記載並びに同証人と証人飯田光一の各証言によつて認め得る諸事実を総合すれば、被告は、旧石川島重工時代から従業員の欠勤を就業規則上届出欠勤と無届欠勤とに区別し、届出欠勤中、業務外傷病による欠勤及び右以外の事由による欠勤であつて就業規則四二条及び二九条(旧石川島重工就業規則四一条、三一条、ただし、旧石川島重工就業規則四一条は、現就業規則二九条三号に相当する旧石川島重工就業規則三一条三号の規定に該当する欠勤を無事故扱していなかつた。)の各規定に該当しない欠勤のすべてを事故欠勤とし、就業規則の適用の実態もこれと一致し、刑事事件による逮捕勾留を理由とする欠勤も特別視していなかつたことが認められ、他にこの認定に反する証拠がない。そうして見ると、被告が原告の本件欠勤を事故欠勤として処理したこと自体については何ら異とすべき点がない。従つて、本件欠勤につき就業規則七七条一項五号の規定を適用すべきものとする主張も採用の限りではない。

2  被告が採用している「事故欠勤休職」制度の内容は、前記(請求の原因2項(三)の(2)、(3))のとおりであり、いずれも成立に争いがない甲第二号証、乙第八号証の一及び同第一七号証の各記載によれば、休職規程六条一項及び休職協定五条一項の各規定は、「事故欠勤休職」の場合も含め「休職中休職事由が消滅したときは、ただちに復職する。」旨定めていることが明らかである。従つて、「事故欠勤休職」処分に付されたものが、休職期間内に復職できなかつた場合の効果に着目すれば、原告主張のとおり「事故欠勤休職」はその実質において解雇猶予処分(休職期間中に復職できなかつたことを条件とする条件付解雇)であり、その休職期間が解雇猶予期間としての性格を帯びるものとみられなくはない。原告は、この点を捉えて、従業員を「事故欠勤休職」処分に対するについては、その従業員につき就業規則七八条一項所定の通常解雇事由があること要すると主張し、就業規則七八条一項に通常解雇事由として原告主張のとおりの定めがなされていることは当事者間に争いがないところであるから、以下、原告がその根拠として主張する点について順次判断を加えることとする。

(一)  「事故欠勤休職」と業務外傷病休職における休職期間の不均衡

「事故欠勤休職」の休職期間が一か月と定められていることは前記のとおりであり、休職規程(休職協定も同じ。)は、休職のうち「事故欠勤休職」と業務外の傷病を理由とする休職についてのみ休職期間を規定し、業務外傷病の休職期間についてはこれを六年と定め、さらにその後一年内に復職可能な場合には、その間休職期間を延長することがある旨定めていることは、当事者間に争いがない。そして右に見た限りにおいては、両休職間における休職期間の差は余りにも大であつて不均衡たるの感を免れないところであるが、まず右のとおりの休職期間が設定されるにいたつた経緯について見るに、旧石川島重工当時「事故欠勤休職」制度が存在しなかつたことは当事者間に争いがなく、この事実と前記乙第八号証の一及び同第一七号証、弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第六七号証の一、いずれも証人大堀照司の証言によつて成立を認める乙第九号証、同第一一、一二号証の各記載並びに同証人の証言によつて認定し得る諸事実を総合すれば、右両社の合併当時、播磨造船においては、すでに本件「事故欠勤休職」制度に類似(休職期間は、その従業員の勤続年数、休職事由に事情を加味して、その都度定める。職員就業規則四一条、工員就業規則四二条)した休職制度を採用していたため、合併により統一的な就業規則制定の必要を生じたが、当時他の大手造船業者においても本件「事故欠勤休職」制度に類する休職制度を採用していたことをも勘案し、殊に、三井造船株式会社が本件「事故欠勤休職」制度とほぼ一致する休職制度を採用していたため、これを参考として、まず前記就業規則七七条一項の規定を含む就業規則を制定して昭和三五年一二月一日から施行するとともに、休職制度の細目の決定については、被告は、これを被告及び後記労働組合から八名ないし一〇名づつ選出された委員をもつて構成された被告の服務制度小委員会にかけ、以後昭和三八年三月までにわたつて検討し、その結果を同年三月六日に被告の従業員をもつて組織された全造船石川島分会及び全国造船労働組合石川島播磨重工労働組合との間において休職協定として締結する一方、被告においてもこれを休職規程として制定し、なお、右休職協定は、有効期限の昭和三九年七月三一日経過後も引つづき効力を有するものとして現在に及んでいること、以上の経過によつて「事故欠勤休職」制度が被告に採用されるにいたつたのであるが、右服務制度小委員会の席上においても、「事故欠勤休職」の休職期間を一か月とし業務外傷病休職の休職期間を六年とすることに議論が集中し、議論の結果「事故欠勤休職」については、休職事由としての欠勤三〇日及び休職期間としての欠勤の合計六〇日(年間の総稼働日数は二九〇日であつて、その五分の一強)がある以上雇止とされてもやむを得ないということで労働組合もこれを諒承し、また右の席上、「事故欠勤休職」の休職期間と業務外傷病の休職期間の不均衡についても、当初は議論の対象とされたが、後者については、業務外傷病中結核の問題を中心とし、その療養のため健康保険制度の利用を可能ならしめることに重点があることを労使双方が諒承し、前記不均衡の点は度外視して右のとおり六年間とすることに決定することに意見が一致したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。右の事実によつて考えて見ると、業務外傷病による休職期間を前記のとおり六年とすることについては、それなりに合理的な理由があつたというべきである一方、「事故欠勤休職」については、その休職事由たる事故欠勤自体が前記1において見たとおり従業員の責に帰すべき理由による欠勤であり、しかも、従業員の労務の提供は雇用契約における基本的な義務として、使用者が従業員から不断の労務の提供が受けられることを期待して雇用契約を締結するであろうことは、事の性質上当然であつて、前記のとおり前後六〇日間にわたり自己の責に帰すべき理由に基づく欠勤を継続した者を、当該企業の従業員としては不適格として雇止にすることについてもまた合理的理由があるというべきであり、休職期間設定の趣旨を異にする両休職制度の休職期間の長短を彼比対照して、その不均衡を云々することはできない。

(二)  「事故欠勤休職」制度の利用と労基法その他による解雇の制約の僣脱

原告は、通常解雇事由がある場合に限り「事故欠勤休職」処分ができると解さなければ「事故欠勤休職」制度が解雇の制約を免れるために利用されるおそれがあると主張するが、仮に本件「事故欠勤休職」制度が条件付解雇の性格を帯びるとしても、解雇の制限に関する労基法一九条の規定と牴触するものでないことは、上来見たところにより明らかであるのみならず、労基法二〇条との関係においてこれを見ても、すでに前記のように、その期間内に限り復職を可能とする一か月の解雇猶予期間を設定しているのであるから、同条所定の予告解雇よりも従業員にとつて有利となる場合もあり得るのであつて、これをもつて同条に違反するものとすることができない。また就業規則七五条二二号に原告主張の規定があることは当事者間に争いがないところであるが、前記甲第一号証の記載と大堀証人の証言によれば、被告の就業規則七五条は、右のほか会社構内における暴行、脅迫、傷害、悔辱又は業務妨害(一二号)、背任又は横領(一九、二〇号)、会社の金品に限らず一般的な窃盗又は窃盗未遂等(二一号)の犯罪行為については、有罪判決の確定をまつまでもなく、懲戒権を行使することがある旨規定していることが認められるのみならず、「事故欠勤休職」制度は、長期にわたる従業員の責に帰すべき事由による欠勤を理由とするものであつて犯罪行為を理由とするものではないのであるから、右就業規則七五条二二号の規定があるからといつて、これをもつて原告主張のごとく解雇すべき根拠とすることができない。そして、「事故欠勤休職」制度の利用によつて、他のいかなる解雇の制約を僣脱するおそれが生ずるかについては、原告において何ら具体的に主張するところがない。

なお、原告は、本件欠勤のごとく刑事事件によつて逮捕勾留されたことによる欠勤は、他の自己都合による欠勤と区別して取扱うべき旨主張するので付言する。第一に本件「事故欠勤休職」制度は、例えば、身柄不拘束のまま刑事事件によつて起訴され、現実に就労が可能であるにかかわらず、単に刑事事件によつて起訴されたことの一事をもつて休職事由とする場合と異り、就労意思の有無はともかく、一定期間にわたる労務の不提供それ自体をもつて休職事由とするものであり(就業規則七七条一項四号)、この点においては他の自己都合による欠勤と何ら区別すべき点がないのみならず、逮捕勾留は、司法機関によつて被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があると認定された場合に限り許される(刑訴一九九条、二〇七条、六〇条)のであるから、逮捕勾留が違法又は不当であると認むべき特段の事情が立証された場合はともかく、そうでない限り逮捕勾留による欠勤は、その者の責に帰すべき事由による欠勤に該当するものというべきであつて、この点においても他の自己都合による欠勤と何ら区別すべき点がない(本件欠勤の原因となつた逮捕勾留が違法又は不当であつたことについて原告は何ら立証するところがないのみならず、原告は右逮捕勾留の理由となつた犯罪行為によつて昭和四九年九月三〇日に一審の有罪判決の言渡を受けたことは前記認定のとおりであつて、本件欠勤は原告の責に帰すべき事由によるものとするほかない。)。第二に、原告は保釈による再就労の可能性を云々するけれども、本件「事故欠勤休職」処分がなされた当時、原告の勾留理由とされた刑事事件の性質上権利保釈が可能であつたという以外に、近い将来に保釈を許される具体的な見込があり、しかも被告において調査すれば容易にこれを知り得たと認めるに足る証拠はなく、原告が保釈を許されたのは、前記のとおり起訴の五か月後、すなわち本件「事故欠勤休職」処分がなされた結果原告が被告の従業員資格を喪失したとされた日の二か月後であつて、右起訴後すくなくとも三回にわたつて勾留期間の更新がなされたことが明らかであり(刑訴六〇条二項)、右権利保釈の可能性は、一般的かつ抽象的な可能性にすぎなかつたと認められ、従つて、かかる事態においても、一般に第三者において容易に明らかにすることのできない保釈出所の時期を究明し、これを顧慮しなければ「事故欠勤休職」処分をすることができないとすることは、いたずらに被告に難きを強いることであつて相当とはいえない。かようにして、自己の責に帰すべき事由による労務不提供という点において、他の自己都合による欠勤と区別すべき実質的理由がない逮捕勾留を理由とする欠勤のみを取りあげ、これについて、その欠勤理由が逮捕勾留であることの故をもつて特別扱にしなければならない合理的な根拠を見出すことができない。

(三)  以上のとおりであつて、原告が「事故欠勤休職」処分につき通常解雇事由を要することの根拠として主張するところは、すべて採用することができないのみならず、「事故欠勤休職」処分は、前記のようにその実質において解雇猶予処分に当るとみられなくはないが、前記就業規則七七条一項四号の規定は通常解雇に関する就業規則七八条一項とは別に、独立した雇用契約終了事由としてこれを規定したものであることが、その規定の文理に照らして明らかであるし、右のように通常解雇とは別の雇用契約終了事由を就業規則上設定することが許されないとする理はない。

三  請求の原因3項(一)の(2)の主張について

「事故欠勤休職」処分は、前記のとおり就業規則上通常解雇とは別個独立の雇用契約終了事由として定められ、事故欠勤と一定期間の経過を要件とするものではあるが、就業規則七七条一項に「休職させることがある。」旨の文言があることは前記のとおりであり、右文言の通常の用例に従えば被告は、その従業員中に就業規則七七条一項四号所定の事故欠勤者があつた場合にも、その従業員を右規定に従つて「事故欠勤休職」に付するか又はそのまま放置するか、あるいは他の解雇等の処分に付するか否かの選択権ないし裁量権があるものと見なければならず、「事故欠勤休職」処分に付した場合には、休職事由が消滅しない限り一定期間経過の時点で雇用契約終了の効果を生ずる点において条件付解雇と実質を同じくするから、当該従業員にその処分を告知すべきかどうかが問題になる。ところで、被告が「事故欠勤休職」制度を採用するにいたつた経過は前記認定のとおりであり、この事実と大堀証人及び飯田証人の各証言によつて認められる事実を総合すれば、被告は、就業規則七七条一項四号の規定については、従業員に同条所定の事故欠勤がある限り一律かつ機械的に適用する趣旨においてこれを制定し、その後の運用についても、ほゞこの態度を維持し、右規定に該当することとなつた従業員に対し、特別に「事故欠勤休職」処分に付する旨の通知をしていなかつたこと及び労働組合との間においても、事前の連絡は要せず、休職期間満了により従業員資格を喪失した場合に、その旨を事後連絡すれば足りるとするのが、被告と労働組合との間の諒解であり、この扱については、従来右処分に付された従業員はもとよりその所属する労働組合から異議が述べられたことがなかつたこと、そして、原告を本件「事故欠勤休職」処分に付するについても、右と同様事務的かつ機械的に処理され(被告が昭和四五年五月七日付書面により、はじめて原告に対し、原告を本件「事故欠勤休職」処分に付した旨及びその休職期間の満了により原告が被告の従業員たる資格を喪失した旨通知したことは当事者間に争いがない。)、被告がその旨を同年五月一五日ころ原告が所属していた全造船石川島分会に通知したところ、同分会は、原告が刑事事件において無罪となつた場合には復職させられたい旨要望したものの、叙上の被告の措置についてはやむを得ないものとしてこれを諒承したことが認められる。なお、いずれもその成立に争いがない甲第四四号証の一、二の各記載によれば、被告は昭和四六年二月二八日付内容証明郵便をもつて、従業員佐藤芳夫及び唐沢脩の両名に対し、右両名が同年二月一五日付をもつて休職に入つた旨を通知したことが認められるが、右甲第四四号証の一、二及びいずれもその成立に争いがない同第四五号証の一、二の各記載並びに前記田中証人の証言を総合すれば、右通知は両名が欠勤し、有給休暇が残されているにかかわらず、その利用を届出なかつたため、特に念のため通知したにすぎないことが認められるのであつて、前記認定の妨とならないし、他に右認定を左右する証拠はない。そして、右の認定事実によれば、前記就業規則七七条一項の規定は、同条一項四号所定の「事故欠勤休職」に関する限りにおいてこれを見れば、従業員に右規定に該当する事故欠勤があるにかかわらず、被告において右従業員を「事故欠勤休職」にしないか又は「事故欠勤休職」にかえ他の処分に付する旨の特段の措置をとらない限り、当然に「事故欠勤休職」処分に付することを規定したものと解することができ、右のようにあらかじめ就業規則において規定し、そのとおりに扱うことも何ら妨げないと解するのが相当である。従つて、本件「事故欠勤休職」処分をするに当り被告が原告に対しその旨の通知をしなかつたことが右処分の効力に消長をきたすものとすることはできない。また、休職規程五条三号(休職協定四条三号)に原告主張の規定があることは当事者間に争いがないところであるが、右規定が原告主張のように事前の労働組合との協議、当該従業員からの事情聴取を手続要件として定めたものと見ることはできないことは、右規定の文言それ自体からしても、また叙上認定の経過に照らして明らかであるから、この主張は採用の限りではない。

四  請求の原因3項(二)、(三)について

被告が原告を本件「事故欠勤休職」処分に付するについて、本件欠勤それ自体を理由に事務的かつ機械的に処理したことは叙上の認定によつて明らかであり、この主張は、すでに他の争点についての判断をまつまでもなく採用することができない。なお、原告は本件「事故欠勤休職」処分が、他の従業員に対してなされた「事故欠勤休職」処分との対比において不均衡である旨主張するので、この点について付言するに、就業規則七七条一項が「休職させることがある。」旨規定していること及び被告が「事故欠勤休職」制度を設定するにいたつた経過並びに右規定の趣旨、運用の実態は、いずれも前記のとおりであり、前記乙第一号証、同第四号証、いずれも大堀証人の証言によつて成立を認める同第三号証及び同第五号証の各記載並びに同証人の証言を総合すれば、被告は、昭和四〇年四月二四日から昭和四五年六月二五日までの間に刑事事件による逮捕勾留以外の事由による事故欠勤者一一名の従業員を「事故欠勤休職」処分に付し、うち四名は、その休職期間満了前に任意退職し、他の七名は休職期間満了によつてその従業員資格を喪失したこと及び昭和四一年一一月以降昭和四五年五月までの間に原告以外に三名の従業員が刑事事件によつて逮捕勾留されて欠勤するにいたつたため、これを「事故欠勤休職」処分に付したが、右三名は、いずれも休職期間満了前に勾留を解かれて復職したこと、右の従業員らを「事故欠勤休職」処分に付するについては、欠勤事由及び再度の就労意思の有無を問わずに一律にこれを処遇したことが認められ、特に原告のみを別扱にしたと認めるに足る証拠はない。また原告は、旧石川島重工当時の被告の従業員渡辺金司の例を引用して、これが原告に対する処遇の先例的意義を有するかのように主張するが、旧石川島重工当時「事故欠勤休職」制度が存在しなかつたことは前記のとおりであつて、これを原告の場合の先例とすることができないことはいうまでもない。そして、他の本件全証拠を検討して見ても、原告に対する本件「事故欠勤休職」処分が、被告によりその裁量権を濫用し、特に原告に対し差別扱がなされたと認めるに足る資料はない。

五  以上のとおりであつて、本件「事故欠勤休職」処分の無効を前提とする原告の本訴請求は、すでに他の争点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山俊彦 原島克己 仲宗根一郎)

(別表省略)

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